自下一 ぬ・る(下二)
物の表面にたっぷり水分がつく。水などがかかってしみこむ。天草本平家物語「池からあがつて、―・れたものどもを絞り着て」。「雨に―・れる」
男女が情交する。色事をする。
―○濡れぬ先こそ露をも厭イトえ
【濡】{動・形}ぬれる(ヌル)。うるおう(ウルホフ)。ぬらす。うるおす(ウルホス)。しっとりぬれる。ぬれて柔らかい。しっとりとぬらす。また、そのさま。{動・形}じっとりぬれたように、ぐずつく。ふんぎりがつかない。また、そのさま。{名}うるおい(ウルホヒ)。雨の恵み。人の恵み。
解字》
会意兼形声。需ジュは「雨+而(柔らかいひげ)」の会意文字で、雨つゆにぬれて垂れたひげのように柔らかいこと。のち須(ねばって待つ)に当て、需用(待ち求める)の意に用いる。濡は「水+音符需」で、需の原義(ぬれて柔らかい)を示す。
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顔を洗っていて水を掬った瞬間につつーっとしずくが腕を伝い、袖を濡らしてしまうことがある。非常に不快だ。あるいは、靴がびしょ濡れになり、歩くたびにグチュグチュと水気が染み出したりするのも気味が悪い。
ブラウスが雨に濡れて身体に貼り付く感じも気持ちが悪い。生地の張り付は体の自由な動きを邪魔だてする。
それは、濡れるべき時ではないのに(濡れてしまった)という不快感でもある。
友人と三人で道内を車で旅行したことがある。その日は運悪く雨が降っていた。斜里からカムイワッカに行ったものの雨脚は弱まらない。「どうする?」としばし逡巡したものの「せっかくだもの行こうよ」と好奇心の塊の私は言い、他の二人も「よし行くか」と腰を上げてくれた。
道路わきに車を停め、カメラをビニールの袋に入れて崖を登る。こんな天気でも結構な人出だ。崖には水が流れているので所々、滑りながらも歩を進めた。Tシャツも短パンもドンドン水分を吸収していく。まだか、まだかと登り続け、やっと目当ての天然の露天風呂に着いた。露天風呂と言っても、滝の水が温泉になった小さな滝壷のようなものだ。
物好きなライダーが裸や海パン姿で入っている。しかし、みんな立ち泳ぎだ。思ったより深いらしい。またまた「どうするどうする?」と審議。結局「ここまで来て入らないほうはない」と思い切って入る。Tシャツ短パンのままだ。「今更濡れたって」と開き直る。
お湯は濡れた身体を気持ち良く暖めてくれた。カナヅチの私は溺れそうになり硫黄臭く酸味のきついお湯を飲む羽目に陥った。
なのに今思えば物凄く気持ちの良い体験だったと思う。中途半端な「濡れ」は気持ち悪いが、覚悟を決めて思い切り濡れてしまえば、不快は快に転じる。
ドラマでどしゃぶりの雨の中で、告白したり、それこそ濡れ場になったりするのは、この心の働きと大いに関係があるような気がする。
気持ち悪さの限界を超えると、それは地獄の極楽。捨て身の快楽なのではないだろうか。