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日々のタワゴト                  

原稿用紙日記

二〇一二年十月一日 月 雨のち曇り時々晴

 雨の音がした。…雨なのか、とぼんやり思っていたら夫が猫二匹を連れて子供部屋にやってきた。四時四十三分。深夜便では、今日の俳句を読み上げていた。今日の一句は「赤い羽根」を詠んだものだった。そうか、あの募金運動は十月一日からであったか。私は、正直言って、あの種のことが苦手だ。
 募金するのもしないのも「周囲の目を意識した上で態度を表明する」ということに、もう「嘘」が混じる気がして。「こぞって何々する」時に発生する暗黙の強制の匂いだけで尻込みする。その「こぞって」の規模が大きければ大きいほど。」
そして楽しい子守り。たまに「おっちゃんこ(おすわり)」できることがある。と聞いたので友人から受け継いだテーブル設置型の椅子に座らせてみた。豆は、眺めが良いせいかニコニコと機嫌よく座り、しぶとくテーブルをバンバン叩いていた。家では、よく娘たちと猫に勝手にアテレコする遊びをしていた。自然発生的に。そして、今日も自然発生的に
「酒だ酒だ酒持って来ーい!」
日中問題は一体どーなるんだよ!」
などと台詞を充てては娘を笑わせてきた。
口笛を吹くと目を輝かせて聴き入るのが可愛らしかった。抱っこしておんぶしてエッサッサ。だった。
自由さは人を自由にする  つれづれノート22 (角川文庫)つれづれノート22も、楽しく読んだ。何故読みたいのか。不評な時期も続き、「私は、もういい 」という人も多いが実際には売れている。なんたってドキュメントだ。それが人に好かれようと、批判されようと彼女は自分の人生を自分で決める権利がある。(こういう子どもとの関わり方はいやだ 、とか動物を大切にしないのが嫌だ、とか感じるのは読者の勝手だし、彼女が、あんなふうに生きているのも彼女の自由。読者のスタンスは(ああ。こういう人がここにいるんだ・・・) が唯一許されること。その批判覚悟で晒すこの人に、私は敬意を持つ。 一度好きになったからと言って、ずっと好きでいられると思ったら大きな間違いだ。人は少しずつ変わるんだ。

原稿用紙に印刷しようとしてみて書いたのだけれど、見づらいのでそのまま。