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 日々のタワゴト                  

≪添削≫研究社出版 類義語使い分け辞典p.560



 わたしは学校の教員をやっていたことがある。3年生の卒業を控えて、文集用の作文を指導していた時、私の心を捉えた作文があった。

 Y君は、真面目だがあまり要領の良い方でなく、スポーツも今ひとつ苦手なオトナシイ生徒だった。昼休みに図書室を訪れる常連の一人でもあった。

 彼の作文はこんな風だった。

  一年生の時は学校生活に慣れるだけで精一杯でした。

  二年生の時は、やっと落ち着いて勉強を始めましたが、やり

  方が悪いのか数学など、わからないことがたくさん出てきま

  した。三年になりました。部活はとうとうレギュラーになれ

  ませんでした。行事でも、活躍できませんでした。志望校目

  指して頑張ってみましたが、基礎がなさ過ぎて、目標は叶い

  ませんでした。もう卒業を迎えてしまいました。

 記憶を頼りにかいているので不正確だが、概ねこんな風であった。

 とにかく悲しいのだ。彼はどうでもいいサと投げやりなタイプじゃなかった。真面目なのだ。なのに、なにもかも上手くいかなかった。

 そうかもしれないよね。と、思った。公式どおりに皆が楽しい学校生活を送れるわけじゃない。彼はでも良い奴だった。図書館で話したり。職員室に、漢詩の暗誦を言いに来たり、気の弱そうな笑顔を見ると安らいだものだ。

 そんな時、教頭に学校便りに載せる作文を選んで出すよう言われた。前向きで、力強い良い作文も沢山あった。だが、私はどうしても彼の作文を載せたかった。大げさに言えば脚光を浴びて欲しかった。

 彼を呼び、コレコレしかじかで「学校便りに載せたいんだ」「だけど、これだと悲しすぎるので最後の方にこれからの希望とか意欲とかを付け加えてくれないかい?」と頼んだ。

 彼は快く直してくれて、学校便りには彼の作文が掲載された。しかし、それを見て私は後悔していた。私の心を掴んだ彼の悲しみ、虚しさは、あの最初の作文の方がずっと出ていた。

 学校ってところは、しなくて良い(してはならない)生徒の心の添削をしてしまうところなのかもしれない。


≪立つ≫ 逆引き広辞苑p.652

DATE: 06/17/2000 00:00:00

逆引き広辞苑の引き方は、たとえば「●△雨」という語を調べたいと思った場合「めあ」の頁を引くといいのです。すると、その項に、様々な「□▽雨」という言葉が載っているという寸法です。たとえば、「秋の−・霧−・小糠−・篠突く−・長−・血の−」など。

 今、開いてしまったのは「立つ」の載っている頁で、えらく沢山あります。全部書くと今日の日記1000文字の制限に引っ掛ってしまいそうです。「明け・朝・泡・勇み・色めき・表・切り・そそり・組織・」などに混じって「ぞぞ髪−」なんて語が・・・。角川国語辞典を引く。載っていない。広辞苑を見ると・・・ぞぞがみ【ぞぞ髪】(「ぞぞがみたつ」の略)身の毛がよだつこと。とある。浄瑠璃では「磔(はりつけ)と聞くも−」などと使われているらしい。ふふふ。いい言葉を覚えた♪薄気味悪い話を聞いた時「うわー、ぞぞ髪!!」と使いたい。(通じないって!)

 私の本当のぞぞ髪体験は怖すぎて書けない。怪談以外で「身の毛がよだつ」のは飼い猫が鳥を咥えて帰ってきたとき。「ひっ!」と息を飲み、声の出ないムンク「叫び」状態です。絶対あのような場合「身の毛がよだって」いるはず。

 あとは烏賊です。イカって美味い!特にやり烏賊の生きのいい奴なんて、これが烏賊か?という味だ。しかし、さばくのが「ぞぞ髪」!そう。いわずと知れた寄生虫問題。あの白くて柔らかい米粒のようなやつ。

 皮を剥くときや、包丁で表面をしごくと(むにゅう)と出てくるアレ。今これを書きながらも「ぞぞ髪」です。呼吸を整えつつ「身の毛がよだつ回路」に信号が送られないようにドードー!と己を諌めながら包丁を握っています。

※※昨日から郷土が生んだ絶版作家 佐々木丸美の「新 恋愛今昔物語」を読んでいる。人物像がステレオタイプだが、ソフトホラーな味付けが面白い。