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 日々のタワゴト                  

長幼の序

某日:雨に濡れる。

某日:夕刊配達の後半でラジオから大好きなこの曲が流れた。松村の前振りが長過ぎてイライラしたが、この曲に滲み出る北野武の魅力は色褪せない。漫才師だったことなど一度もないのに、浅草仲見世で、ときたま煮込みをアテに安酒を飲んでいた思い出があるかのように胸が締め付けられるのだ。
未森さんRTのこの記事が偉く便利。

特に

退屈している状態とは、心理的に「まっさらなキャンバス」のようなものと捉えられます

ここが好き。んんん。なるへそ。つまりね、間断なく連続的に刺激を与えるのは効果が薄くなるのだ。本も酒も恋愛も。一冊読んだら最低3日は本読まないとか、飲まないとか、オモワないとか必要。できるかな〜無理だろな〜。恋愛体質ではないので、そこだけはダイジョブ。

明日から、新しい労働も始まる。注射もしてもらったが膝の痛みは治まらず。そして思っていた仕事内容とは、やや違うのも心配。替え歌で乗り切る。あたしゃ/墓場の/水撒きオバちゃん/
「YOUは何しに日本へ」にて、ゲイカプルの新婚旅行密着など見る。この番組面白い。普通の人の普通の生活実感、これ以上に面白いものはない。張り切リ杉田芸人の使い回しのギャグのどこが面白いねん。生で行こ。生で。

工場

工場

随分前に読んだのに記録するのを忘れていた。スバラシイ純文学小説家だ。だが、自分には「快」がもたらせられなかった。「工場」のラストには清涼感もあったけれど。。。シュールに跳びながらも、マゾヒスティックなまでにリアルな現代労働者の行きどころのない精神性が描かれている。ではどうする?自分とって人生は愉しむためにある。

某日:明け方に目が覚めてTVを点けた。映画「風の歌を聴け」が流れていた。若き日の小林薫室井滋ら。名演だ。だが、やはり本来的には村上春樹のお洒落な感性は自分には面映ゆいものだと納得する。
某日:友人御尊父のお通夜と告別式。父のために何年も心を砕き、尽くした彼女。辛すぎる現実にもかかわらず持ち前の明るさひょうきんさで周囲に笑顔の波紋を広げ続けたこの人を、心から尊敬する。そして、この凄い女性を育てたのは喪主である気丈なお母さんと、亡くなったお父さんなのだ。憎んでも愛しても未来へ続く、この血脈ということ。生きること、齢を重ねるということは、たくさんの死を通して自分も死ぬのだということを、ひしひしと実感してゆく過程なのだろうか、ということ。