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日々のタワゴト                  

まっさら

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▼7/6~7/7

 

土曜日:12月ザ・タイガース札幌公演のチケット発売日。「コーチャンフォーチケットぴあ」お姉さんのアドバイスに従い、夜明け前から並ぶ。が、誰ひとりとして来ず。孤独な行列。四時前に並んだものの、だあれも来ない。眠気がさし、折り畳み椅子を置いたまま車に移動。細切れに仮眠。8時半、やっと番号札を渡される。購入希望用紙に記入し、また車に移動。10時5分前売り場に。まもなく「もう少しで発券されますので・・・。」の言葉に安堵する。が、あんなに頑張ったのに抽選とはムゴイもの。二階席の真ん中くらいの位置。それでも、四人仲良く観られるならば充分ではあるのだが。。。達成感は、尻切れトンボな余韻。

 

まずはケーキを二台購入し、メッセージを入れていただく。夕刻、買い出し班で集合し、買い物を終えて場所を提供してくれる友人宅へ。

 

今回は、Hの職場、某図書館勤務の乙女もゲスト参加。とても素敵なお嬢さん。我々カメムシの濃さに、やや引きつつも、そのブルーチーズの如き香りを放つ美味しいおばちゃんたちにクラクラ来ている様子であった。

 

「それがさー。こんなものが出てきたのさあ。ケケケ」とHが見せてくれたのがコチラ。

 

おお懐かしきO先生のぐなぐな文字!

そして、この渋く重厚な言葉!

三学期「明日は まだ手つかず」!

・・・・・・脳裏に稲妻が走る。・・・・・・オ・ボ・エ・テ・イ・ル!

そう。たしか私の通知表にも、この警句が書かれていたはず。16歳や17歳の我々の心に、どの位この言葉が届いたのか、四〇年近い時を経た今となっては、いささかあやふやである。しかし、さっき走った電気からすれば、私は相当グッと来ていたはず。

 

そう。O先生の発する語は、時折わたしに知的哲学的衝撃を喰らわせたのだ。だから私は福助さんのような容姿の、カッコ良さとは程遠いこの先生のことが好きだった。色々なことに倦んでいる尖がった私は、先生の静かなる爆弾に、びっくりするのが楽しかった。教室は学生の日常の場である。だが、ぽろりとコボサレルあれらの言葉は、私をひゅーーん!と宇宙の中を漂う一粒の種のような気持ちにさせた。

卒業アルバムの自分を見るとわかるのだが、一七歳の自分は、世の中全部に文句があった。大人に幻滅し、暗い目をしていた。固い殻の中に潜んでいた。なにもかもが受け入れがたく、できることなら、ずーっと潜っていたいのだが、何かが自分の中に満々と満ちてきた。ソレ は私を困惑させた。この得体のしれぬ「energy」には、「混ぜるな危険」とか「用法、用量に注意が必要」という但し書きがついていた。どちらへ向かって走れば良いのか。どんな顔をして歩けばいいのか。笑わなければならないのか?いや、そんなことないだろう。泣いてもいいのか?怒号をあげてもいいのか?何もかもわからなかった。ロックが歌えない音痴の私は、ただ本を読み、レコードを聴くことで、こんな世の中に文句がないはずはないでしょう?と訴えていたのかもしれない。誰も私に答えをくれない。学校は、知りたくもないことを覚えろというのに、知りたいことは何もおしえてくれない場所だと思っていた。

 

そんな自分に、ごく稀にではあったが

大人になるには

俯瞰の視点

ってものが必要だ

というヒントを与えてくれたのが

洋ちゃんだった

 

「人間は一日ずつ 死んでゆく」

あれはたしかにエキサイティングな言葉だった。

 

この写真の二学期コメントも、かなり渋い

ふだんはどうか。テストが近くにあって熱心になる、ということのくりかえしはなかったか。テストが遠いときの、ゆったりとした学習が、力になるということをまだ知らぬのだろうか。

 

いきなりだ。いきなり「ふだんはどうか。」だ。これは誰しも「は?」だろう。そこに追記される試験と己の学習態度について。眼前のハードルに汲々としてばかりいずに、遠いところを見ろ。地固めをせよ、それが己を支える力だ、と諭している。

 

この言葉は、十七歳より五十五歳の今、敷衍し、もっと身に染みて感じるべきかも。生きている限り、手つかずの明日が平等にあるんだものな。。。

 

仲間が辛い状況にあることを、ただ見て、ただ聞く。いつも、なにもできない。仲間として、なにもできないもどかしさを持っていること、だけが、私たちを元気にする。もしかしたら、もしかして、これは何かできているということ?そうだといいと思う。