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 日々のタワゴト                  

遺品

▼6/11

まさに、光陰矢の如き日々。

長年web日記を書いていると、なにか心を動かすことがあると(コレは日記に書こう・・・)と自動的に思うのが習い性になっている。しかし、近年頓に忘れる速度が増しているので記憶はサラサラと指の間からこぼれる砂のように消えてゆくのだ。

やっぱ毎日書いてこその「日記」だ。以前も書いた気がするが、こんな時、私は「嗚呼、「日記屋」という商売がこの世にあったなら!と、夢想するのだ。良きアドバイザーがいるならば、遅すぎた天才中年実業家として起業したろか?と思うくらい本気。

眠る前の10分位で、その日の印象的なこと、食べたもの、読んだもの、見たものを見知らぬ誰かに報告する。日記屋は、それを掬い取り日々記録する。

そして、日記依頼者は、いつか死ぬ。死んだら、その日記を冊子にして依頼者の大切な誰かに残す。

どんなにたわいのないことでも、(こんな風に過ごしていたのか)、(こんな思いで暮らしていたのだな)思いを残す誰かに、そう思ってもらえたら、それで十分だ。「私の一生は幻ではなかった」そう思える、と。

形として何事かを成し遂げられなかった自分は、自分の埒もない一生が消えてしまうのが怖いのかもしれない。

そうそう。自分が書きたくなったことは月曜日にお墓参りの道すがら見た「菜の花」のこと。あの一面の黄色山村暮鳥の「風景」を思い出したこと。

自分も昼の月に違いない、そして「病める昼の月」には、実に目映い色であることだよ!と思ったこと。


  風 景  

    純銀もざいく

 

 

 

 

           山 村 暮 鳥

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

かすかなるむぎぶえ

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

ひばりのおしやべり

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

やめるはひるのつき

いちめんのなのはな。

 


読了本:全然思い出せない。とりあえず

AV女優 (文春文庫)で興味を持った永沢さんの声をなくして (文春文庫)

赦す人

ぼくがいま、死について思うことなど。昨夜は、「バナナブレッドのプディング」をまた読んだ。ほんと台詞のひとつひとつが血肉になってる。「イライラの衣良と申せましょう」とか文語調の会話が衝撃だったなぁ。