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日々のタワゴト                  

この春のこと

okkachan2012-05-28

▼4/27〜5/27

27日夜「さっき破水した。陣痛は来てないけど今から病院へ行くよ」娘よりメール。午後八時半過ぎのこと。折悪しく夫は2時過ぎに起きて釣りに出掛けた日。お酒もたくさん飲んでいたし、すでに海よりも深く眠っている。「おとうさん!Kが破水したってよ!」と起こすが「うーーん(ゴロゴロ)。スースー」という状態。「わかったよ。じゃあ、おかあさん一人で行くからね。まだ生まれないとは思うから、朝になったら一旦帰ってくるから」と慌てふためきE市の病院へ向かう。

行ってみると、娘は陣痛室。公立の病院にしては立派な病室。陣痛室だが、生まれそうになったら寝台がガシャンガシャンと分娩台になるのだという。娘は、まだ全然普通にしている。「お母さん、せっかく来てくれたけど、まだまだだと思うよ。生まれそうにならなかったらI君も泊まれないんだって。だから一回帰ったら」というが、しばらく見守る。一時間ほどいたが、生まれる兆候はない。娘の家で待とうと思ったが、あの狭い部屋でI君と二人というのもなんだなぁ。(困ったな…。)と思ったが車で数分の処にカメ友人が住んでいるのがひらめき電話をしてみる。突然のことながら「いいよいいよ」と云ってくれたので泊まりに行く。24時間スーパーで飲み物など調達。迷ったけれど酒類も購入。てっきり一人だと思ったら、大阪に住んでいた娘さんが帰ってきていた。申し訳ない。

しばらく顔を見てなかったし、色々気になることもあり話し込む。
ケッコウ呑む。布団も敷いてくれて、そろそろ寝るか、、、という一時半ごろI君から電話。「もう生まれるそうです!」「なぬ!?」と、慌てふためきタクシーにて病院へ。「ご病気ですか?」「いえ。初孫が生まれそうなんです」と運転手さんと会話。答える自分の、あの晴れがましさはなんだろう。

病室に行く。娘が苦しんでいる。ベテランの助産師さんが、暖かく励まして下さる。I君もオロオロしながらも、時々笑わせたりして仲良く、「その時」を迎えようとしている。

あと30分くらいでしょう。と、言われるのだが、いつまでたっても「あと30分!」と云われるので焦れる。いよいよ生まれそうになり「お母さんは廊下でお願いします」と言われ出される。

最後に「おかあさんも、そうやってKを生んだんだし、世の中のお母さんはみんな苦しんで生んできたんだから絶対大丈夫!落ち着いて頑張るんだよ!」そう言って廊下に出る。助産師さんも笑顔で頷いておられた。

ジリジリとひたすら待つ。苦しむ声が微かに聞こえる。無神論者の私も、我知らず神様に祈っていた。(どうか、無事でありますように)と。

そして待つ。更に待つ。どこまでも待つ。待ちあぐね・・・どうせ、まだだろう。と、トイレに立つ。出てくると、「あれ?お母さんは?」と声。「はーい!ここです」「生まれましたよ!」と言われ安堵。大きく息をつく。

4/28 午前3時28分 初孫誕生。2838g。末広がりの8がイッパイ。

この子の人生が善きものとなりますように。



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5/19

早朝から夫とタケノコ採り。演習場の柵の手前に車を停めて歩く。ケッコウな勾配の道を歩く。歩いても歩いても「現場」に到着せず。いやあ、辛い。(引き返して車で待つことにしようかな。いや。ここまで来てそれはないな。シンボウしよう。)そう思ってからも、まだまだ歩く。そして、やっと目的の場所に到達。

「ココが一番高い位置だから。どこからでも坂を登れば戻って来れるから。」そう言い置いてサッサと行ってしまう夫。私も怖々笹薮に足を踏み入れる。目が慣れるまでしばらくかかったが、一本また一本と順調に採れる。楽しい。パチンコより楽しい。一杯になって袋の中身をザックに空けに戻り、つぶやこうかとケータイを確認したが電波がないので内ポケットに戻して、もう一か所入る。こちらも、険しいながら順調に採れる。さあ、もういいかな、と最初の場所を目指して歩いていたら、全然違う方向に出てしまう。ぐるりと回って戻ると夫も戻っていた。

全部のタケノコをキスリングザックに入れた。凄い量だ。うれしい。・・・さあ山を下ろう、という時、i phoneがないことに気づく。ガーン!ガーン!

引き返し、自分の入った藪の中と思われる辺りをふたりで探す。夫のケータイから呼んでみるが音は聞こえない。そうか。ボリュームを最小にしていた。しばらく探すが見つけられず。第一、おおよそのコースは判っても、それが本当に自分のたどったコースなのか皆目自信がないのだ。藪は気が遠くなるほど広い。ひとまず諦めて帰宅。

山のようなタケノコ。ベランダでシートを広げ作業。剥きやすいように先端を斜めに切り落とす。そして茹でる。剥く。それを延々。大なべで5回くらいは茹でたか。全部が終わったと思ったら、夫が立ち上がり「もう一回山へ行ってくるから」と出て行く。(はぁ?今から?この人スゴイな・・・)と疲れ切った私は思ったのだった。

つい何日か前に職場でも失せものがあり、夜中の二時半集合で夜まで演習場を探すという業務を二度やったばかり。その前には遭難者を探しにも出ているというのに。

私は私でショップに行って、事情を話し位置ナビが使えないかなど相談。なんだかんだで無理だと判明。買って半年たっていないので機種変更もできず、5万かかるといわれる。意気消沈。しかし、こういう自分との付き合いも50年を超えているわけで、だから自然に自分に期待しないし、落ち込まないように防御鎧を着ているから、ある意味淡々とした落ち込み。

捜索に出た夫も、三時間後くらいに空手で帰宅。

翌日も、ふたりでもう一度山に行き探してみる。これも徒労に終わる。

道警にも届け出、拾得物HPで怪しいのがあったので問い合わせたりもしたが別物。私は、もう完全に諦めていた。(この際、ケータイなし生活もいいではないか。そうだ。そうしよう)と。

そして26日、娘らが帰っていくのを見送るや、夫は、またも懲りずに「探しに行ってくるから」と出て行った。あの深い山に四度も!自分は悪くないのに。当の張本人である私はといえば、夫が行っていることも忘れてtwitterをしていた。なにしろスパムメールをクリックしてしまい大わらわ。そこへ家電が鳴る。出ると夫。
「電話あったよ」とひとこと。「えええ〜!すっごーい!どこにあった?」「最後に、ここから出てきたって言ってたところから、ホンの一メートルくらい入ったとこだった。」「ありがと。とにかく気を付けて帰ってきて」

しかし、この人スゴイ。

よくもまあ、この根気もなけりゃ容姿も不自由、片付けもろくにできぬ女と一緒になったもんだ。そして四半世紀も辛抱し続けているもんだ。

この一ヶ月に読んだ本覚えているのだけ:詩の話をしよう (ミッドナイトプレス)「かぜのひきかた」「松岡さんの家」などで、かつて他で深く心打たれた詩人。予想外にエロティックな作品などもあり、だがそれもとても良い。深い人間性を感じる。中に、とても気に入った部分があったがメモっていない。。。





本を読むわたし: My Book Report (ちくま文庫)小学生日記』で完全に脱帽したhanaeさん、華恵と改名してからもドンドン素敵なエッセイを書いておられるが、再読ながら本当に好きだ!と思う。孫は、この人と同じ誕生日なのだ。本好きの少年に育ってくれるかな。そうだといいな。





ボクらの時代 自由になる技術 80歳詩人の言葉を聞く

ボクらの時代 自由になる技術 80歳詩人の言葉を聞く

これまた非常に面白く読んだ。谷川さんのよくいう「自分の詩は自己表現などではない」という話は本当に「!!!」と思う。むしろ、その両極にあるのが氏の詩世界であり、だからこそ、こんなにも普遍的な作品を残されたのだろう、と。箭内氏が谷川さんと佐野洋子さんが夫婦だったことを知らずに、自分のところに出入りする若い人に「百万回生きた猫」と「みみをすます」を大量に買ってはプレゼントしていた、というのは、なんだか凄かった。

あの方はほんとにすごい批評家なんですよ。あんなに親切に、残酷に批評されたことはないですね。

宮藤 作品をですか?

谷川 人間を。僕はそれで、自分に気がついたんだと思う。佐野さんに言われて、「そうか、俺はこういう人間なんだ」と。


なんだか疲れてきたので、それ以外の読んだ本については、また気が向けば次回にでも。