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    日々のタワゴト                  タワゴトです。

かぎりないもの

▼4/14・4/15

珍しく「ヤリイカの煮たのと、豚の角煮が食べたい」という父の要望で、ホッケにカスベ。ヤチブキ。アスパラなどオカズ多過ぎの夕飯。いつもは「御飯だよ。」と云っても「食いたくない。腹空かない」という父が促さずとも角煮をお代わり。モリモリとご飯を食べていて嬉しい。私もイッパイやりつつモリモリ食べる。

青森県O湖が映るテレビを見て父が言った。

「ここ、予科練の部隊があったとこだぞ!」と。

画面左上の文字は父には見えていなかったと思うが、景色で思い出したのだろう。

「小高い丘に練習場があってな、湖畔に兵舎があったんだ」

「へえーー。そうなんだぁ。そんな湖の傍でグライダーで飛んだの?よく落ちなかったね。ははは。」

「いや。堕ちたヤツもいたんだ。」

たしかに、その後で三沢という地名が出てきた。覚えているものなのだなぁ。きっと、あの瞬間に父の脳裏には十八歳から二十歳まで過ごした少年航空兵時代の出来事がフラッシュバックしていたのだろう。急に口調が力強くなったのは、気のせいではないと思う。

しばらくTVを一緒に見て、ふと思いつき娘にskypeで連絡してみた。そして父に画面を見せ、娘に「お腹映して、お腹!」というと、ポンポコリンの腹が映った。

それを見た爺様は
「おおお。こりゃタイヘンだ!!」
「生まれたら、二人で、いや三人かぁ。じいちゃんに見せに行くからねぇ。」
「おお。なんとか、それくらいまでは元気でいるわ。転んだり、無理したりしないで大事にしなさいよ」
という孫と祖父の会話。

今回は、少し足取りもしっかりして、心なしか真っ白だった髪が黒くなってきている。少し安心して帰って来た。

本:『海月姫9巻』『新・芭蕉伝』『痕跡本のすすめ』読了。『痕跡本のすすめ』は面白く読んだ。「本」は読者がいて初めて本領を発揮するものだし、読んだ人のなんらかの物語が残る痕跡本は劇中劇のように入れ子になったような楽しさがある。わずかのレシートや書き込みに読み手の想像力を刺激するモノガタリが派生する。一種、この妄想力はオタク的な部分があり、俳句を読み解く鑑賞する世界に通ずる気もした。高野豆腐は水に戻さなければ食べられない。俳句や川柳、本の痕跡そんなところに自分なりの妄想で物語を作るのは、こいつは立派なブンガクだよな、これでいいんだよな。と、いつも自分勝手な読みをしている自分は溜飲を下げる思いであった。

クマさんこと篠原勝之さんが理論社社長小宮山氏の訃報に接し呟かれた言葉が印象深かった。長すぎる引用だが以下。

「チンポが立つほどの春画を描いてくれ」オレに言った小宮山量平大兄が95歳で亡くなった訃報を知ったのは夕方だ。アンニュイな気分はこれだったのか!こんなポッカリした訃報は初めてで〈八海山〉一升呑んでも酔わず、雨のなかただサクラを見ている。ありがとうございました。

深沢七郎色川武大。そしてとうとう小宮山量平。ササくれていたオレに生きる力を与えてくれたアニキたち。イヤ、大切な叔父貴等だ。「走れUMI」「もちおもり」「アンペア」に続いて四作目「カミサマ」をあんなに楽しみにしていてくれたのに間に合わなかった。無念!!雨の中「獺祭」の封を切る。

高知以来の二升酒。何でこんなに哀しいのだ。「小宮山さん!!!ありがとうございました」こっちはまだ雨が降ってます。オレももう今宵は眠ります。おやすみなさい。

「走れUMI」の授賞式の時に、小宮山さんがカレンダーの裏に書いて下さったお祝いの言葉「人間にとって決定的な問いとは、自分が限りないものにつながっているかどうかということである。」

「限りないものにつながって」ゆく。この世に何しに来たか、迷子の問いをグルグル眺めたり廃棄しようとしたりしている無宗教の自分も、ひとつの指針を得たような気がしたことだ。

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