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日々のタワゴト                  

「ほんとう」が足りない。

▼1/10 火

今日も雪は、さほど降らず。数センチの雪をかいて出勤。

本日もメール便はカタログ雑誌で多め。二時過ぎまでかかって片付ける。ラジオで耳にした猪苗代湖ズの反響をうれしく聞く。彼(サンボ山口たかし)の語る本当のことは、やっぱり電波を通しても伝わったんだ、それがウレシイ。

雑炊をずずずと啜り、夕刊の配達に出る。

寒いけれど苦にはならない。

帰宅して、生協の注文書をササッと仕上げ、汗をかいた下着を取り換え街に出る支度。間もなくMバヤシさんがやってきて配達を受け取る。この生協の配達仕事、なかなか大変らしくコロコロ担当が変わる。「頑張ってるね。辞めないでね。」と声を掛けるとはにかんだ笑顔で「ありがとうございます」という。自分も配達先で労いの言葉を掛けられると文句なしにうれしいので、そういう言葉は惜しまない。M林さん、めんこいし。

バスで、すすきの方面に向かう。車中は豊島ミホの『やさぐれるには、まだ早い』。このコンスタントに作品を発表してきた才能のある人が、仕事に悩み転職を考えるとは分からぬものである。

今日の「エンディング・ノート」(初回の感想はコチラにhttp://d.hatena.ne.jp/okkachan/searchdiary?of=2&word=%A5%A8%A5%F3%A5%C7%A5%A3%A5%F3%A5%B0%A5%CE%A1%BC%A5%C8)砂田麻美監督のトークにはカメの仲間三人が参加。早めにチケット確保して休憩。ピザとパスタを分け合い、入場の時刻まで歓談。

映画は、二度目だったが、やはり、たくさん笑い少し泣く。

上映後、砂田監督がまず語ったことは「ドキュメンタリーは嘘をつく」ということだった。

本来こういった作品は、ドキュメンタリーを見ることに慣れた層の人だけが見るはずのものだったはずが、あまりに多くの人々に受け入れられたがために、普通は見ないような(ドキュメンタリー慣れしていない)人にも鑑賞してもらうこととなった。そのため、意図的に行った編集部分までも事実と受け取られることに戸惑っている。たとえば父の書いたエンディング・ノートは映画で言えばラストの部分の実務的なことだけであり。映画に出てきた「1.〜をする」などというのは、あくまでも自分が創ったものなのだ。そういったことをご理解いただきたい。

質疑応答では、私自身は監督が映画に留まらず小説にした意図について質問してみた。

映画は普遍性を持たせるために自分の感情などは一切排除していたので、そこで抑えていた実際の自分の感情的な部分を吐き出してしまいたかったのだ、とのこと。

読んでみて、自分にもそこらへんは伝わっていたし、自らに引きつけて語ってみたかった、という部分もよく解った。綺麗ごとを避けて、虚構を補填したい「本当のこと」を晒したいという真摯な気持ちが伝わる。

生きているということは、ナニカを、よりしっかりと見ようとすることである

『音のない花火』には、手元に本がないので正確ではないがそんな記述があって、私は、その部分にグリグリっと赤線を引きたい気持ちだった。「本当のこと」を知りたい、本当のことを云う人に逢いたい。これが、たぶん私のミーハー力(みーはーかではなく、力・・・ちからです)読書欲の根源でもある。

他に

・僧侶の方から「リーズナブル」という理由だけで、キリスト教の洗礼を受け教会で葬式を行うことに、違和感があったのだが、その辺は?という質問。:実際には、カソリックの学校に通う娘を幼少期から送迎し、その雰囲気を味わうにつけ、自分もいつかは入信してみたい、という思いがあったのだ。という。そこは家族と涙涙の対話であった。だが、あえて「お涙ちょうだい」にはしないためにカットしたとのこと。

・緩和ケアをなさっている方から、父である人を客観視し、淡々と撮影をするということについて。----無論、自分にも感情を制御できないこともあったが、撮影は、いきなり余所の撮影部隊がやって来たのではなく、家族の一員であるし、実際には四六時中撮影していた訳ではなく、週に数時間という感じだった。そして、空気を読みながら行ったので問題は生じなかった。

・家族親族から、こういうものを作品とすることに反対はなかったのか。などの質問。---もともとお父様は親族の橋渡しをするようなタイプの人で、その関係も良好なため、概ね理解が得られた由。

しかし、作品のヒットにつれ、娯楽大作に挟まれて父の顔の巨大なポスターが張られ、果てはスクラッチカードにまでなるこれは予測の範囲を超えたことで違和感はあった。「家族を売った」というというと言葉が過ぎるけれど、そういうジレンマが少なからずあった。お正月になっても、今もお父さんは、全国のどこかで上映され働かされているのだな・・・とも思っていた。

そういった諸々のことを経て、今後の作品は私小説的なものを避け、敢えてフィクションを作ってゆく方向に向かっているのだという。

いずれにしても、この方はウソのない世界を描いてゆかれるのだろうと思う。これは是枝ファミリーに共通したことではないだろうか。

最後に本にサインをいただき、twitterでの返信のお礼も言うことができて良かった。

そのあとは、カメムシ仲間と少しの時間飲みつつ語らう。家族の死、やがて迎える自分たちの老いと死、そんな話をポツポツとして解散した。良い時間。まことに有難い仲間だ。

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歩数計
1/7 5068 3.5キロ
1/8 3729 2.6
1/9 5286 3.7
1/10 18305 12.8

累計   50.98