■ 日 日 夜 夜 ■

日々のタワゴト                  

北林谷榮礼賛




 顔はオカメでも人間の暗部の凄みに触ることは出来るのだ、と受け合っていい。

 ちょっとした表面的な印象の具合で、私は退屈な「善玉」ばっかりひきうけている。

 俗に悪人と呼ばれている形象の中に分け入ってみることは、ホンマモノの悪人になるよりも、より分析的につかまえることになる勘定だ。面白くなかろうわけがない。

 誰か慧眼のプロデューサーの目にこの小文がとまることを願って私はいま、釣り糸をたれる―。


この小粋で挑戦的な文章を書いた人は明治44年生まれの女性。女優の北林谷榮さんだ。上の抜粋は著書『九十三齢春秋』より。宇野重吉らと劇団民芸を旗揚げした左よりの経歴からも分かる聡明な方。その文章は非常に硬派。硬い表現だけれど、ちゃめっけもあって、その辺の塩梅がたいそう格好良い。

このようなリベラルで聡明な女性が生まれたイキサツは、こうだ。

北林さんは銀座資生堂向かいの洋酒問屋の娘。蔵の本を片っ端から読んで大きくなった。(後に考えるとそれらの本は出奔してすぐに亡くなったという母の遺品だったに違いないとのこと。)さらに家業のおかげで、家には、ありとあらゆる面白い人々が出入りしていた。それをジッと観察していた幼少期。これが女優業の下積みとなったのだろうと思えてくる。

・祖母は蘭学医と結婚した新しい女性

・祖父は顔は百姓、でも頭はクレーバー

・父は生まれたときから「若旦那」ハンサムでダンディで勤労意欲ゼロの人。


 そういう風に家族構成が一人ずつ、おみくじをガラガラッと一本ずつ引っぱり出したみたいに違うんですよ

などと表現している。

一番好きだった部分はラストの「蓮以子(北林さんの本名)93歳になった」祝賀会でのご自身の挨拶。

全体が面白いんで引用しきれないが、散歩していてこどもに「お化け」と呼ばれた話やら自分を冷静に戯画化できる「クレーバー」さが、実によい。

読了本:角田光代『さがしもの』・2)江川晴『いのちの現場から』・3)朝倉かすみ『エンジョイしなけりゃ意味ないね』 

読み中:5)長嶋有『電化製品列伝』

エンジョイしなけりゃ意味ないね 九十三齢春秋 電化製品列伝