■ 日 日 夜 夜 ■

 日々のタワゴト                  

<KABとねぎ>



今日の○×3

×=ねぎ

お昼に5袋入り¥198のラーメン。豚肉、卵を入れ「最後に白髪ねぎをたっくさんのせよっと」と切って用意した。出来上がって、どんぶりに入れ味噌味だし・・・ってラー油入れてー、「うまうま」してぇ、あー美味しかった。って片付けようとしたら・・・・そこに、長ねぎがっ!!うげげげげ。くそーぉ。

もういっこの×=二子こけた

いつものようにピンポーンと帰ってきたとたん

「おかあさーん、顔・かお・かお、どーなってる?」という。

見ると左眼の下がかすかに赤くなっている。

「あのね、まきことねーすべりながら歩いてたんだよね、そいでね、そいでねこけたんだー、しかも手着いたら手もツルってすべってさー、顔がねガンッって地面にぶつかったのぅ。ばかっ。朝起きてきて「どう?」と顔を見せる。「うん、かさぶたになりかかってる。♪ブタにかさぶた、ブタにかさぶた、ブタにかさぶた♪」と唄って笑う。ま、これは○でもいいか。(鬼母)

○=KABがやってきた

夕方、娘が夕刊と一緒に「なんか来てるよ」と郵便物を持ってきた。珍しく「きゃー!」と黄色い声(何で黄色なんだろね)を出した。Tさんから、とても早い誕生日プレゼント。大きな声では言えないがKABの「日吉」をコピーしてくれた。「日吉」「本当は泣きたいクセに」がいい。「夢など見るひまはない」も、バグルスの「ラジオスターの悲劇」のように、こもったボーカルでそこは気に入った。泣きすぎのギターが気になる(って音楽的に無知な私ですが)。このKABに、私は形から入った。今をときめく葉加瀬太郎の「ソングラ」という番組で偶然めにした。女モヒカン刈りなのだ。「なぜ!?」と興味深々。もう一個の○は谷川俊太郎の50年の作品が詰まったCD−ROMを借りられることになっていたのだが、発送してくれたそうだ。こちらも無茶苦茶楽しみ。数々の詩人を読んだが、谷川の前に谷川なし、谷川の後に谷川なしだもの。人口に膾炙するのは詩人冥利につきるだろうなぁ。そうそう、そよさんの「無駄」積読本も無駄じゃないって話。KABの「生活」にも出てくるノダ。「街の音 錆びた自転車 読みかけの本 解けた靴紐 何一つ無駄なものはない」面白い偶然。そして読まれていない本・・・ミジンコを思い出した。ミジンコは環境が生息に適さなくなると、言わば「仮死」状態みたいになるという。そいで、いつかまた水分があり温度があり・・・となると蘇ると。本じゃなくて普通にこうして書かれた文字も、そうだな・・・って思う。読まれない限りそれは意味をなさない。でも、いつでも、いつか蘇ることがありうる。・・・やばいじゃん。